2012年10月10日水曜日

SNAKE ON THE BEACH.DEAR ROCKERS.レビュー

「音楽と人」がチバユウスケ・ソロプロジェクトの巻頭特集をやるにあたって、東京の夜景を背景に、キャデラック・サングラス・赤い柄シャツ・煙草・黒のジャケット。あまつさえ表紙はオールバック、というまるで2000年に戻ったかのようなビジュアルをディレクションした。だが、この作品を手にとる人ならばおそらく、Thee Michelle Gun Elephantを愛していて、アベフトシを愛していて、チバユウスケを愛しそして少し憎んでいて、それらがもう消失・変形してしまったことを了解しているだろう。このアルバムは、その「変わってしまった」チバユウスケが数年の時間をかけてひとりきりで制作したものだ。その純度の高さは、聴けばすぐに伝わってくる。彼がいかにまっすぐなのかということ。アベフトシをはじめとした相棒たちの熱がいかに彼を魅了してきたのかということ。過去にあったそれらの音を切望しても何も生まれないこと。「赤い季節を抜けて 俺達旅してる どこまでも行こうぜ(Teddy Boy)」。だから、やっぱり今月の「音楽と人」はにっこり笑って仕舞っちゃわなきゃいけない。



初回版ジャケット
 語弊をおそれずに言うのなら、わたしはこのアルバムは彼の最高のロックの体現だと思う。音がフレーズがメロディが、ということではない。中毒性の高いカッティングやうなるベースやロールしまくるレスポールを、彼一人で生み出すのは重すぎる。ただ一方、それを隣で担ってくれる相棒達と出会えたことが、彼をこの先30年は名前が残るくらいに成功させたことは間違いなく、しかしそれは同時に、とくにミッシェルとしての成功は彼のその後の人生を強く束縛したはずだ。
 チバユウスケが成功と引きかえにその身を差し出した束縛、それは無間地獄と似ている。払っても払っても降り注ぐインタビュアー、ファンの同じ疑問、同じ期待、同じ失望。そして、ひとりで生みだした今作がどういったものになるのか。彼はふたたび同じ期待を受けていたろうにも関わらず、「エレクトロニカ&アコースティック」、つまり、打ち込みのドラム・繰り返されるトラック・暗いギターやピアノの旋律の美しさ。というロックの熱を含まないものを颯爽と相棒にしてみせたのだった。
 
 だから、「最高」という言葉の意味は、成功という地獄に落ちて、もがいてもがいてもがき続けた末に手に入れた、成熟の付随する自由の精神にある。その表れのひとつが、今回はエレクトロニカであり、アコースティックであり、サウンドトラックらしい風景のつらなり、開かれたメッセージ。であるだけで、そうだ、ほんとはとっくに[ROKA]で、[さよなら最終兵器]で、彼がもう何もかもを受け入れて自由になっていたことは明らかだった。いつでも彼より何歩か後ろにいて、そこにこだわるわたしたちは、一見ロックには聞こえない楽曲に驚きながら戸惑いながら耳を澄ます。
 
 おんなじフレーズが繰り返されるだけの優しいギターの旋律は、初期衝動を求めるひとには退屈な子守唄かもしれない。一方、映画のワンシーンをこころに自然と描かせるそれは、チバの声がしなくとも、彼のやわらかいところを感じさせて、懐かしくさみしい気持ちよさ。
 ひねりのない打ち込みは、「その道に通じていない拙さならではの味。」というだけでない。深夜のトンネルを抜け続けるような単調な低音と、上にのる荒っぽいギターが、艶めいた単語を発するチバの声と溶け合うのは、偶然の産物であろうにしても、ずるい。
 どこまでも続く電車の車窓から、ところどころの景色を眺めるかのようなこのアルバムは、制作期間の長さもあいまって様々な場所、新宿を通ったり郊外を通ったり海のそばに停まったりして終わりに向かう。ただ、一貫して流れる冬の季節は、彼の制作中の気分を少なからず投影しているはずで、すこしかなしい。



ケースからはずしづらい。
 詩のうつくしさ、それは、ソロという孤独(ソロ=孤独ということではなく、彼がソロプロジェクトを始めた経緯をふまえたうえでの孤独として。)を反映するかのように研ぎ澄まされている。それまでの邦ロックの歌詞表現の一端を担っていた、一見意味の分からない言葉の羅列によって内省的世界を描く手法から一歩抜け出て、まったく押し付けがましくない大人の言がそこにある。連想される色や映像のせつなさ。彼のフォロワーは多くいるが、いまだその詩世界に匹敵するシンガーはいない。「真っ二つに割れた月が オレンジににじんでいた(Cold Man)」。エモーショナルな絶叫がなくとも、踊れる。踊りながらも、涙をたたえるそれらの言葉は、彼の人生の重みや悲しみ・個人的ななにか、そこには当然三年前のことも二年前のことも含まれ、深い愛情と叶わない愛情が横たわってわたしたちの胸を波打たせる。[19:40]の言葉のつらさ。だからこそ、アルバム終わりの[Teddy Boy]や[~Wild Children]の言葉で安心して、ふたたびThe Birthdayを聴こうと思える。クハラカズユキ・ヒライハルキ・フジイケンジによって彼があらたに可塑され、形を変え、いっそう自由になっていく姿が目に浮かぶから。それを聴けば、あまりの気持ちよさにわたしたちも自由になれるだろうから。


 一部の楽曲でイマイアキノブ(Gt. ex.ROSSO, The Birthday)(おそらく[青い熱])やフジイケンジ(Gt. ex. MY LITTLE LOVER, The Birthday)(おそらく[Teddy Boy])らも参加。そこは多少"いつものチバユウスケっぽいロック"に色づいているが、それだけを期待するのならば過去作を振り返ったほうがいい。だから、もうひとつだけ引用しよう、「HAPPY BIRTHDAY TO YOU HAPPY BIRTHDAY TO YOU 旅に出ようぜガキ共」。


***


 最後に、もし可能なら彼に質問したいことがあります。どなたか会う機会があればかわりに訊いてください(笑)。
「ラテン色の強い[Diengo][North End]などの楽曲が含まれていますが、これはやはり「ゴッドファーザー」などの映画の影響ですか? それとも近年の日本のラテン化を嗅ぎ取ったものなのでしょうか。もしくは、ラテン音楽でとくに気に入っている作品があったりするのでしょうか。」

ソロに関連して~GWFの記事は以下
赤い季節トークショー&ライブ.THE GOLDEN WET FINGERS@梅田クアトロ~ライブ編
赤い季節トークショー&ライブ.THE GOLDEN WET FINGERS@梅田クアトロ~トーク編

(2012年10月12日一部改訂。)

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